楓荘

家族で住むゲストハウス

STAY BLOG

 

 

たまに我にかえる時がある

 

 

家には家族以外の人がたくさん居て

寝てらっしゃる

 

 

 

どうなんだろう、普通の人の感覚では

 

やはり無理とか厳しいとか思うのかなぁ

 

 

 

じゃぁ何故、僕は平気なんだろう

 

 

 

遡ること、30数年前

 

 

物心ついた頃には

 

家には

両親と

兄が3人

姉が1人

フィリピン人の女性が二人

養子のお兄ちゃんが1人

 

 

それが何歳から何歳の頃なのかは覚えてないんだけど

 

たぶん大家族だった

 

父親が会社を経営していたことや

母親の親戚が近くに住んでいたこともあり

またクリスマスなどイベントは近所中の子供達が来てクリスマス会をしたりと

 

常に家には人が出入りしていたような記憶がある

 

途中、三番目の兄が都会に憧れを抱き、横須賀に養子として1年ほど出向するという

兄貴が一人いてない謎の期間もあったり

 

なんせ、昭和のドラマで描かれる家族像とは掛け離れた環境に居たもんで

 

家に誰がどう居ようが気にしない免疫がついたんだと思う

 

 

時が流れ、東京で過ごしていた20代

 

八幡山の床が傾いたボロボロのアパートで住んでいた頃

 

友人の松永氏から

 

シェアハウスに一緒に住もうよと提案された

 

松永氏はすでに住んでいて、そこへ遊びに一度訪れたことがあったのか無かったのか、定かではないんですが

 

アパートの更新期間が迫っていた事や

新しい職場からアパートは遠かったのもあり

タイミングは良かった

 

ただ今でこそ「テラスハウス」など

浮世離れした家に、オシャレな男女6人が住む

バエのようなイメージはあるけれど

 

当時はどんな生活なのかというイメージすらも浮かばなかったし、「シェアハウス」という言葉も知らない。どちらかというと学生寮や社員寮というイメージの方がしやすかった

 

しかも場所は六本木(通称ギロッポン、ポンギ など)

 

すでに上京して5年ぐらいは立っていたが

なかなか近寄らないスポット

怖いというイメージしか無かった

 

のちに天下のNHKさんが1時間の特集番組として

「シェアハウスにすむ人々」のような感じで密着取材に来たほど、当時は珍しい環境であったんです。

そして僕は、この取材で10分ほど脚を組んで生活ぶりやこれから流行るであろう暮らしのスタイルを熱く語っているのですが

 

放送の仕方として「六本木の雑居ビルに密集して暮らす苦悩する若者」な、ザ・ドキュメンタリー的な扱いになっていた(笑)

 

 

 

まぁなんにせよですよ

 

 

経験したことのない方に進む

 

 

僕というのはコレにつきる

 

なのでシェアハウス生活をスタート

 

 

 

ここからは少し東京での暮らしの話へと脱線します

 

 

 

男女合わせて22名ほど、年齢も国籍も様々

 

入れ替わりも激しい

 

短期だと1週間から1ヶ月ほど

 

六本木という土地柄、外国人のバックパッカーなども居たから

 

何よりも、このビルの立地

表通りはTHE六本木 の繁華街、裏手は閑静な墓地

地下3階から地上3階までがクラブのようなパブになっていて、その上の4階はまた別のクラブ

 

そして、その上の5階は、、、闇カジノ

 

という噂を聞いていた。

 

うーん、スリリング。。

 

そして6階7階が僕たちの住居スペース。

 

 

エレベーターでしか上がれない為

時間帯によっては、泥酔した者たちや

明らかに怖い方々

またエレベーターで◯◯◯をしていたり(マジか、、)

 

あと、若干ね

このビル傾いてたんです。若干ですが

 

そのころの自分が、どんな境遇でも好奇心が勝る20代で良かったと今になって思う。

 

 

毎晩ベッドに付くと

階下から届くウーハー(低音)の振動が

「これは、電車に乗った時のあの眠気に襲われる程よい振動と同じ周波だ!」

と誰にも共感してもらえないであろう発見もした。

 

 

転校、転職、転居

 

どのような状況であれ

その場に来る新参者というだけで、精神的にストレスがたまる

 

ましてや大人になる程 距離感の取り方が難しい

 

僕の場合は最初から友人の松永氏が居てくれたからまだ良かった。

 

とはいえ お互い違う仕事をしていて

家にいる時間帯が違うから 会う機会も少ない

 

意外だったのは日本人が半数以上居てたこと

それも日本人の女性が多かった

 

なにやら訳ありなのかな?と

 

どう見ても顔面だけを見れば、全国ワケありコンテスト優勝しそうな僕が考えるのもアレだが

 

なにせシェアハウスの知名度が無かった時代だったので

そう感じてしまう。

 

中にはそういう方も入ったりはしていたけれど

会話をしてみれば、みんな普通だった

 

まぁこの普通の感覚が人とズレているので、僕的には普通だった。

 

 

結局、そのシェアハウスには丸一年は住んだのかな

 

僕が入居した最初の数ヶ月が楽しかった、入居メンバーも

ちゃんとお互いのプライバシーを尊重しながらも一緒に食事したり出掛けたりして

僕よりも年上の方々が多く、色んな職種、経験をされてきた人達だから話が面白くて仕方なかった。

 

 

もちろん、これだけの人が共同生活を送るのだから

ずっと平穏であったわけではなく

 

 

時には、ものすごく被害妄想が激しい女性もいたな。

 

 

私のスリッパを僕に隠された!と、そのスリッパを履いた状態で騒いで管理者を呼んだり

 

 

「よぉ、エイジくんは不眠症みたいな顔をしているね。この薬、すげー眠れるんだ、俺だから手に入るんだ」と

やたら睡眠誘導剤を勧めてくる人(もちろん貰わない)

 

 

2nd LIFE (セカンドライフ)という、あの頃少し流行った

PCの空間内で自分のアバターを登場させ、お店を出店したり、その中に広告を出したり、実際には食べないのに、そのアバターにお金を使ってファーストフードを食べさせたり、衣装を着させたり

 

わかりやすく言うと、アメーバピグに近いようなものかな

 

そういう類のビジネス話ばかりを、色んなところから仕入れ持ちかけてくる入居者もいたな。

 

 

それと自分はジョン・ボン・ジョヴィかスティーブン・タイラーだと思い込んでいるアメリカ帰りの自称アーティストの日本人

 

凄い凄い!と若い女性の入居者にもてはやされ、やたらと奢らされていた

 

でも僕はこの年齢不詳のジョン・ボン・ジョヴィが憎めない奴で見てて楽しかった。

 

根拠のない自信に満ち溢れていて、話がクソほどにもつまらない。

 

それなのに自信満々に場を回そうと喋る喋る

 

度々行われるリビングでの飲み会では

女子達にモテはやされ(たかられ)

毎回、財布の中身がなくなるほど酒やつまみを買わされている事に気づかない、心のスケールはアメリカン

 

 

 

稀にテラスハウスのように恋愛も中ではチラホラと。

 

 

めでたく一緒に退去するカップルもいれば

数ヶ月後に「お帰り」と迎えるパターンも。

 

 

 

きっと普通に一人暮らしをして

仕事に行き、気の合う仲間だけと遊び、家に帰る

と言う生活では決して味わえないような体験を送れている事が、丸一年もシェアハウスから出られない原因でもあった

 

 

 

そうそう、こんな出来事もあった

 

 

ある晩、帰宅しようとビルの入り口付近に来た時

いつもとはただならぬ気配を感じた

このただならぬとは、本当にただならぬなのだ

だって、いつもビルの入り口付近には汚物は吐物、倒れ込んだ人間がいる事に慣れた環境で、ただならないと感じたのだから

 

ビルのガラス扉からエレベーターまで少し細い廊下がある

 

その廊下の両端に、綺麗にピタッと壁に張り付くように人が並んでいるんだから

 

風貌からしてサプライズでエレベーターから出てきた人に

腕でトンネルを作って通らせようと言う感じではない

 

 

明らかに、これは警察だ

 

 

どうしたものかと、その間を通って良いのかと躊躇したが

 

いやいや自分の家に帰るだけで何が悪い

 

最初の一歩目は堂々としたものだが、警官の全視線が注がれると、何も悪いことしていないのにドキドキが止まらない

 

エレベーターのドアが閉まる隙間からもずっと熱い視線が注がれていた

 

なんだなんだなんだなんだなんだ、、

 

 

何が起こってるんだ?

 

 

もしかして、玄関を開けたらリビングで誰かが殺されていたりするのか!?

 

恐る恐る玄関を開けた

 

 

目の前には、フランス系黒人とインド人、やたらと影のあるバーテンダーの日本人が

 

仲良くソファーでナショナルジオグラフィックを観ていた

 

「おかえりー」といつもの挨拶

 

外の雰囲気と、中のアットホームな空気の差に戸惑いはありつつも

 

「ねぇ、一階の廊下の警官ら観た?」と問うと

 

「知らないねぇ。僕らずっと家にいたから。」

 

「そうなんやぁ、何なんやろう。事件かなぁ」

 

と話してたら、ガチャッと玄関のドアが開いた

 

僕はまだしも、他のみんなは状況を知らないくせに

全員がビクン!と肩が上がった

 

入居者の女性だった

 

「ねぇねぇ!なんか事件あったの!?警察がいっぱいいたよ!」

 

「ね、俺もそれでびっくりして、この家で何かあったのかと思ったんやけどウチじゃないぽいよ」

 

 

思い出された方がいるかもしれませんが

最初の方でこのビルの詳細を話した時に

この家の階下である5階には闇カジノがあると言う噂

 

「絶対5階じゃない?」

 

と女性が言った瞬間

 

 

「突入ーーー!!!」という大きな声とともに

 

ドゴーンッ!!!!

 

と、ビルに衝撃音と揺れが走った!!

 

 

びっくりしたのと同時に、玄関を飛び出し

エレベーター横の非常階段の方へ行き

 

下を覗いた

 

なんじゃこりゃ。

 

数人の男達が、デカイ丸太棒みたいなものを持って

ドアに向かって突撃していた

 

 

すると、一人の警察官と目が合い

 

「止まれー!!」と叫ばれ

 

咄嗟に家に入った

 

玄関に耳を当てドア越しの声を聞いた

 

「上の階に逃げた奴がいました!」と聞こえる

 

階段を駆け上がってくる足音が聞こえる

 

「なんか知らんけど、こっち来てるぽいよ!」と

僕がリビングの皆んなに言い

 

とりあえず冷静を装って、元いたソファに座り

皆んなでナショナルジオグラフィックを観る事にした

 

ドンドンドンドン!

ドンドンドンドン!

 

「ドアを開けなさい!!」

 

 

「どうしよ?開ける?」

 

「開けた瞬間に拳銃を向けられるんじゃない?」

 

「でも悪いことはしてないしね」

 

軽い打ち合わせをして

 

玄関のドアを開けた、

 

瞬間に2名の警察官がドカドカっと入ってきた

 

 

ピーーーーーーーン。。。。。

 

 

と空気が固まったような張り詰めたような

 

警察官がリビングを見渡す

 

警察官の目の前のソファには

 

左から黒人、

インド人、

やたら影のあるバーテンダーの日本人、

やたら顔の濃い僕、

 

ここがシェアハウスの情報が無い警察官からすると

いや、シェアハウスがあると知ってたとしても

ご覧のメンバーを見てしまうと

一種のカオスな場所に感じたのだろう

 

 

そしてドアを開けた女性が移動しようとすると

 

「動くな!!そのまま!!」

 

「ここは一体なんだ!休憩室か?君達は従業員か?それとも客なのか?」とか

なんだかんだと、こちらが答える隙も与えないほど興奮して矢継ぎ早に質問が飛んでくる

 

とりあえず、言い切ったのを見計らって

 

「ここはシェアハウスで、僕らは住人です」と答えた。

 

「シェアハウス?」 警察官が顔を見合わせる

 

少し落ち着いたのか、口調が優しくなった

 

「シェアハウスというのは何ですか?あなた達は下のカジノとはどういう関係ですか?答えてくれたあなた、パスポートはありますか?」

 

 

なぜゆえに僕にパスポートを求めるのか

 

 

それからシェアハウスとはどういうものなのか、なぜ外国人が混じっているのか、どうして闇カジノの上に人が住む家があるのか、ある程度事情説明をしたが腑に落ちない様子なので、シェアハウスの管理会社に電話を繋いであげた

 

その間も、下からは騒々しい物音や悲鳴みたいなものが聞こえる

 

外からはキャー!っという叫び声も聞こえた

 

どうやら、闇カジノのスタッフか何かが逃げる際に

隣のビルに飛び移ろうとして落ちてしまったらしい

 

計10名ほどの警察官が、僕たちの暮らすシェアハウスを隈なく調べている

 

 

僕らは、それが当たり前の空間で過ごしてきているのだが

 

改めて、まったく予備知識のない、見知らぬ人達が自分達の居住空間を不思議そうに調べたり見ている様を見ると

 

 

パンツ一丁に靴下だけを履かされてる様な

裸まではいかないが、恥ずかしい気持ちになってきた

 

 

管理会社のスタッフが来て、改めてこちらの事情を説明し

この家には誰も逃げ込んできていないとわかると

警察官もいなくなった

 

 

いやぁ、それにしてもこんな経験は2度と無いだろうな

と思い、まだ胸のドキドキが止まらないなぁと感じてたら

 

 

横にいたインド人が、やたらブルブル震えてた

 

「ヤバイよぉ。危なかったヨォ」と小声でブツブツ言ってた

 

 

…………….コイツ、何か持ってたんちゃうか。。

 

 

しばらくして、外が賑やかなのでバルコニーに出て

外を見てみた。

 

大きな観光バス程の護送車が3台

ビルの前だけでは止められないので

表通りのドン・キホーテにも停車し

そこに捕まった方々が続々と乗せられていった。

 

 

確かこの一連の事は、当時やっていたmixiの日記にも書いた記憶がある。

 

 

 

今でも、このころ一緒に過ごした方とFacebookなどで繋がってはいる。

 

もちろん、頻繁に連絡を取り合っているわけでは無いが

たまに投稿しているのを見ては、変わらないなぁ、思う

まぁそれは相手さんもそうなのかもしれない。

 

そうそう、こういう経験や幼い時の実家の状況を経験してきたから

 

家に家族以外の人が居ることは平気になったのかなぁと思います。

 

 

この六本木のシェアハウスに居た頃は

 

他にもたくさんトワイライトゾーンに迷い込んだ様な経験をしているのですが

 

これ以上この回のブログで書いていると

多分終わらなくなるので

 

今後のブログのテーマに合えば

織り交ぜていこうと思います。

 

 

んで、ここでグイーンっと話を戻し

 

そう僕は今ゲストハウスに住んでいるのである

 

 

そして、僕の妻も娘も住んでいるのである

 

 

これまでの書いたことから、僕がゲストハウスに住んでいるのはご理解いただけたと思いますが

 

よくぞ奥さんと娘も一緒にこの場所で住んでくれているなと関心します。

 

その覚悟というのか

 

僕は結婚することで躊躇った理由があるとすれば

 

不特定多数の人が出入りする空間で、大丈夫なの?って

 

 

でもさすがは僕の奥様です。娘です。

 

 

それを楽しんでくれている(、、はずです)

 

でも、そういう事以上に

楓荘は山に抱かれ自然が豊かで、海も間近にあって

静かで、庭もあって、ワンコやニャンコ達と

そういう共存できる空間が贅沢である

 

それを解っているから一緒に居てくれているんだと思います。

 

 

今年のGWは、それはそれは昨年以上に忙しかった

 

もし妻や娘が居なかったら、どうなっていただろう。

 

昨年居てくれてたアルバイトさんも大幅に減ったため

想像するだけでゾッとします

 

娘だって10連休どこにも連れていって上げれないのに、不満を言わない(お小遣いはせがまれましたが)

 

妻は黙々と、ベッドメイキングを率先してやってくれた

 

 

昔、合宿とかで見た様な

家族で切り盛りする民宿とまではいかないが

 

昨年までにはなかった、アットホームな良い空気感は確実にできてると思います

 

どうか、ウチに来たゲストが1組、一人でも多く

 

思ってたよりも良かったと感じていただけたらと思い、

 

もうすぐ6千文字を前に、今回のブログを終わらせてもらいます。

 

P.S 久々に六本木の生活を思い出すと、まだまだやっぱり話したいことがたくさんあります。いずれ必ず小出しに書いてきます。 よし、6,000文字突破